大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成9年(ラ)2005号 決定

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  抗告の趣旨及び理由

抗告人は、「東京地方裁判所が平成九年九月一九日にした抗告人に対する不動産引渡命令を取り消す。」との裁判を求め、抗告の理由として別紙のとおり主張した。

二  本件の経緯

一件記録によると、次の事実が認められる。

本件不動産引渡命令の対象となった建物(以下「本件建物」という。)は、昭和五五年一一月二二日受付で乙山太郎及び乙山花子の共有名義で所有権保存登記がされた。

同日、債務者乙山太郎、抵当権者丁原保険株式会社のために本件建物及びその敷地について順位一番の抵当権設定登記がされ、その後多数の抵当権及び根抵当権が設定されたが、昭和五七年四月二一日には債務者を抗告人、根抵当権者を本件債権者である戊田信用金庫とする根抵当権設定登記がされた。その後戊田信用金庫による本件差押えまでに、前記順位一番の抵当権をはじめ先行する抵当権等は抹消された。

戊田信用金庫は、平成七年八月一八日根抵当権の実行のため本件建物及び敷地について不動産競売の申立てをし、同月二二日競売開始決定がなされ、同月二三日差押えの登記がなされた。そして、相手方が競落し、平成九年八月一八日代金を納付したことから、同月一九日競売による売却を原因とする所有権移転登記がなされた。

相手方は、平成九年九月五日、抗告人に対して不動産引渡命令を申し立て、原裁判所は、抗告人の審尋をした上、同月一九日、本件建物について不動産引渡命令を発した。

三  抗告理由について

1  抗告人は、昭和五六年一月一日に本件建物の地下一階の応接室部分(一五畳)及び一階和室(六畳)を賃借し、一階の玄関・トイレ、台所部分と居間は所有者と共用する内容の賃貸借契約を締結し、以来、本件建物の右部分を占有していると主張する。

2  記録によると、次の事実が認められる。

(一)  抗告人は、昭和五一年六月一日に設立され、本店を当初は東京都世田谷区《番地略》に置いたが、抗告人の主張する賃貸借契約後の昭和五六年二月九日肩書地(本件建物の所在地)に移転したとして同月一九日その旨を登記をした。抗告人の資本金は一〇〇〇万円、営業目的は宝石・貴金属・装身具の輸入及び加工販売等とされ、役員としては乙山太郎が代表取締役となり、他に取締役が二名、監査役が一名である(かつては乙山花子も取締役であったが、現在では退任している。)。抗告人の経営は順調でないようであるが、現在まで税務申告し、従業員を雇い給与を支払っていると認められる。

(二)  そして、抗告人と所有者の間に、昭和五六年一月一日付けの賃貸借契約書が二通作成され、右契約書には、抗告人主張の部分が賃貸され、賃料は当初月額三〇万円である旨が記載され、また、抗告人の決算報告書上も少なくとも昭和五六年五月以降賃料支払の記載がされているが、平成四年五月から平成七年四月までの分は未払となっている。

また、抗告人の占有状況についてみると、現況調査の際、乙山花子は、「本件建物のうち玄関、一、二階トイレ及び地下応接室は、抗告人も本件建物新築当時から使用していたが、抗告人が二、三年前から経営不振となり、現在では(明渡しのため)部屋の整理をしているために一部のみ使用している。」などと陳述したが、本件引渡命令においては、抗告人は賃貸借契約書の賃借部分全体を使用していると主張しており、抗告人提出の写真によると、地下一階の応接室には宝石等が陳列され、一階の居間には本棚等があり、抗告人が使用しているごとくである。

3  右の事実関係によると、抗告人は戊田信用金庫の抵当権設定に先立つ昭和五五年一月から本件建物の一定部分を賃借し、かつ占有し続けてきたと認められるので、一応、抵当権者に対抗できるようにみえる。なお、同族会社的な色彩もあるが必ずしも所有者と同一すべきものとは断定できない。

しかし、抗告人は、前記のように本件建物の一部を賃借していた状況の下で、戊田信用金庫から融資を受け、乙山太郎及び乙山花子が本件建物に抵当権を設定したものであるところ、このような場合において、将来抵当権が実行された場合に債務者たる抗告人が本件建物から立ち退かない旨を表示し、それを前提に債権者が債務者に融資し抵当権の設定を受けるということは通常の当事者の意思に合致しないところであり、むしろ、債務者も所有者とともに立ち退く意思を表示したものとみるのが自然であり合理的である。

また、債務者の債務不履行により、所有者が所有権及び占有を失うのに、当の債務者が賃借人として物件を利用し続けられるのは、著しく衡平、信義に反すると考えられる。

こうした点を考慮すると、担保権の実行の場合においても、所有者のみならず債務者も、特段の事情のない限り、引渡命令の相手方になるものと解するのが相当であり、本件においては、債務者に対する引渡命令を拒否すべき特段の事情は見いだせないばかりか、債務者は所有者(共有者)のうちの一人が経営する会社であって、同族会社に近いものであり、賃料の支払も相当期間滞っているのであるから、前記のように解しても不都合はないといわざるを得ない。

4  そうすると、抗告の理由は採用できず、その他、原決定を取り消すべき事情は認められない。

四  よって、原判決は相当であって、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 宍戸達徳 裁判官 岩井 俊 裁判官 高野輝久)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例